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Ecco!No.2 セラピストの狙いは患者が自己と外界との対話を取り戻すルールを教えること

編集:認知運動療法研究会
製作:協同医書出版社編集部
(1999年6月10日)

山田真澄:

 今日の臨床見学は大変印象的でした。特に半側視空間失認の患者さんに対する治療場面は私にとって非常に驚きでした。もうすぐ病院をお暇しなくてはなりませんが、少し質問させていただいてよろしいでしょうか。

フランカ・パンテ:

 時間の許す限りどうぞ。

山田真澄:

 もっとも印象の深かったのは、この障害に対する病態の解釈とそれに応じた治療技術の組み合わせでした。日本では一側の視空間認知が良ければ、認知の良い視空間での作業を行い、徐々に反対側へ患者さんの注意を向けさせるという訓練方法を使います。こうした方法論は間違っているのか、と疑問に思ったのですが。

フランカ・パンテ:

 難しい質問ですね。そうした方法が間違っているかどうかはわかりませんが、私たちの場合、まず患者さんの身体の正中線を治療の中で捉えていくことに重点を置いています。先ほど訓練室でご覧になったように、そのためにスポンジを使ったマッチングや、体性感覚を利用して左右対称に患者さんの空間認知を広げていく方法論を作ってきました。その場合にポイントになるのが、患者さんに自分の正中軸を認知させることが治療の最初の狙いになるということです。

山田真澄:

 日本では半側視空間失認の患者さんの更衣動作で、服のそでや身ごろにマークやワッペンを付けて訓練する方法があります。

フランカ・パンテ:

 視覚を使った代償的な方法ということですね。ここでは視覚は最初あまり使わずに、体性感覚を使います。彼らにとって視覚座標は既に歪んでいますから、もはや有効ではありません。早期には閉眼で治療を行い、視覚を遮断してしまいます。視覚に頼った訓練はしないということですね。

山田真澄:

 そうした考え方自体が興味深いですね。もう時間がなくて残念なのですが、日本に帰りましたら改めて臨床の中で考えてみたいと思います。ありがとうございました。

〈1999年3月26日 広島県三原市にて〉

山田真澄:

 またお会いできてうれしいです。明日からの認知運動療法アドバンスコースにパンテさんが講師として来日されると伺い、スキオ病院で中断していました質問の続きを是非この機会にできればと思いました。

フランカ・パンテ:

 私もまたお話ができてうれしく思います。確かあの時は失行の患者さんについての質問も出ましたね。ですから明日からの講義の中でも話そうと思っています。

山田真澄:

 早速ですが、日本では半側視空間失認の患者さんに対して訓練の最初から視覚を遮断するということはあまり行われていません。むしろ逆に視覚的に空間を捉えて正中のバランスをとるという訓練を行うのです。ですからあの時見学したことや伺ったことが非常に驚きでした。それで帰国してすぐに左半身の注意力低下と体軸傾斜症候群(プッシャー症候群)の患者さんを担当させていただいて、自分なりにいろいろとアプローチしてみたのです。

フランカ・パンテ:

 どういうことをされましたか?

山田真澄:

 スキオで教えていただいた方法、つまりスポンジを身体に当てて正中軸を作っていく訓練をやったり、それからこれは自分で考えた方法ですが閉眼した座位の状態で患者さんに自分の身体の傾きを当ててもらうということを試みたんです。身体を前に倒したり後ろに倒したりしてご自分の位置を言ってもらったのですが、徐々に正中位が保てるようになり効果が出てきたものですから非常に驚きました。

フランカ・パンテ:

 患者さんにはどんな質問の仕方をされましたか?

山田真澄:

 最初は前後の動きだけで「前ですか、後ろですか」、次に左右方向の動きだけで「右ですか、左ですか」と続け、それが当たるようになると、今度は「右の前ですか、左の前ですか」というように斜め方向を加えた八方向の質問を加えていきました。

フランカ・パンテ:

 いい訓練だと思います

山田真澄:

 日本では訓練で鏡を使う方法もあります。鏡の真ん中にはテープが貼ってあり、患者さんは鏡に向かいそのテープを手掛りに自分の身体の傾きを修正する方法です。でも私が実際にやってみた限りでは、患者さんは自分が鏡を見ていることはわかっているけれども、自分の身体が左に傾いていくことがまったく認知できず、訓練の効果が出ないことが多いのです。そうしたことがありましたから閉眼の訓練によって起こったことが非常に驚きだったのです。

フランカ・パンテ:

 日本では半側視空間失認の患者さんに対して視覚的な手掛かりを利用して訓練をされることが多いと伺いましたが、それに対してなぜ私たちは訓練の最初に視覚を遮断してしまうのかという理由についてはあまりお話できませんでしたね。人間が自分の正中のバランスをどういうメカニズムでとっているかということについては、神経学的な研究論文がたくさん出ています。たとえば身体の受容表面の中でも立位であればどの部分に体重がかかりAそこからの体性感覚が全身のバランス調整にどう影響しているか、それが座位ならばどうなのか、といった非常に細かいことがわかってきています。…確かに視覚は人間が自分のバランスをとるためのいくつかの要素の中の一つの重要な要素だと思います。しかし脳に損傷を受けた患者さんの場合、本来はいくつかが共同して働いている要素のうちの一つが、逆に患者さんにとって取り組まなければならない仕事のプラスワンになってしまうことがあります。というのは、視覚でもって外界との関連づけを行って一つの座標軸を作るとしますね。すると今度は身体の体性感覚から出てくる座標軸と視覚的な座標軸とをマッチングしなければならなくなります。損傷がなければ普通、人間はそれを自然にやっているわけです。しかしいったん損傷によってそうした座標軸がマッチしなくなった場合、それが患者さんにとって非常に大変な仕事を強いてしまうことになります。視覚からくる座標軸と体性感覚からくる座標軸とをマッチングさせる作業、つまりトランスフォーメーション(変換)が患者さんにとっては非常に難しい。ですから私たちは、最初のうちは視覚の座標に頼ってバランスを保つという方法を意識的に使わない訓練を考えるわけです。むしろそこで体性感覚の重要性をもう一度認識してもらうために患者さんに閉眼してもらう。もちろん目を開けていても体性感覚は感じてはいるんですが、自分の身体を認識するうえで重要な体性感覚の「意味」に、患者さん自身もっと「気づいて」もらいたいのです。訓練では、特に最初の段階では体性感覚のもつ意味は重要です。ただ、たとえば左側に無視のある患者さんの場合には視覚とか聴覚とかすべての問題に無視がある場合があって、体性感覚を使った訓練がある程度進んできた段階で、今度は視覚をもう少し使うような訓練、そして次に視覚を中心に据えた訓練というように組み合わせていきます。さらに言語情報という形での聴覚、つまり目で見た情報と耳から言語として聞いた情報とのマッチングも使っていきます。

山田真澄:

 患者さんのマッチングのレベルに応じて視覚やその他の感覚モダリティも訓練の中に組み立てられていくということですね。

フランカ・パンテ:

 そうですね。段階づけながら組み込んでいくのです。さきほどからの話で言えば、正中線、つまり左右のバランスがだいたいとれるようになってきたら、次には視覚情報と体性感覚情報の二つが対話できるように今度は同じ訓練を目を開けたまま行うことも有効だと考えています。たとえばこのペンを取ろうと思った時に、このペンに対する距離とか方向を考えて腕を動かすわけですけど、その時に視覚からくる距離や方向の情報は自分の身体に対する距離や方向であって、自分の身体情報が体性感覚的にきちんとできていなかったら腕を出した方向や距離はこのペンの位置と合致しないですよね。

山田真澄:

 さきほどの患者さんに、今度は目を開いて左右対称の図形を同時に左右の上肢でなぞってもらう訓練を行ってみたんですが、図形の正中から左右にだんだんと離れてくると図形に自分の患側上肢をスムーズに合わせることができなくなりました。そういった観察と重ね合わせてみると、視覚と体性感覚とが実際にマッチングしているんだということが理解できます。

フランカ・パンテ:

 左右対称の図形を使ったあなたの訓練方法も非常にいいと思います。ただ一つ強調しておきたいことは、認知運動療法における訓練の場合、セラピストにとって一番大事なことは、やはりどういった認知課題を患者さんに与えるかということですね。患者さんはその認知課題を自分の体性感覚を使って解決しなければならない。その過程を通して患者さんはストラテジーを学ばなければならないわけですから、セラピストとしては自分が与えた課題によって患者さんがストラテジーを確実に学んでいるのかどうかを常に自問しなければなりません。正中線をその人が自分で捉えることを学んでいく場合、たとえば壁に対称に書かれた図形をなぞらせる課題を患者さんに与える時に、単になぞらせるだけではなくて左右の形が違っているものやいろいろな物体を左右の手で触らせて「今、右の手と左の手は同じ動きをしていますか、それとも違う動きをしていますか」といった課題を出してみるのも面白いと思います。またあるタイプの患者さんの場合、患側への注意力が非常に散漫になっていることが多く、これは必ず考慮に入れて課題を作る必要があります。両方の手で形をなぞらせる場合、どうしてもその課題のうち難しい方の注意がとれてしまうのです。その結果が、あなたの観察した左上肢の動きの遅れであることもあり得るのです。

山田真澄:

 なるほど。

フランカ・パンテ:

 これはどういうことかというと、両手を使って同時に行う課題というのは、患者さんに対して二つの課題を同時に与えているということなのですね。こうした場合、私ならばテーブルの上の真ん中にいくつかテープを貼ってマーキングしておき、まず障害のある左手を他動的にセラピストがテーブルのマークの上に置き、今度は患者さんに「同じところに右手をもってきてください」というように進めます。課題を一つ一つ時間をずらしてやってもらうということですね。あなたの方法は非常にいいと思うのですが、それをいっぺんに同時にやると注意力を保つことが困難な患者さんにとっては非常に大変なのです。ですから最初は右手、次は左手でたどってもらってから「今のは同じ形でしたか」といった質問の仕方にしてみるのもいいのではないでしょうか。それができるようになったら今度は両方の手を使って、さきほどおっしゃったように形をなぞってもらうというようにして右と左とのバランスを図るという具合ですね。

宮口英樹:

 さきほどから興味深くお話を伺っておりました。私の方からもいくつか質問をさせていただきたいと思いますが。

フランカ・パンテ:

 どうぞ。

宮口英樹:

 日本では今、半側視空間失認の患者さんに対する評価としてほとんどが視覚を利用したものを使っています。線分抹消テストとか図形の模写ですね。しかしさきほどのお話のように訓練の最初の段階から閉眼で体性感覚を使った訓練法を組み立てていくという時に、患者さんを評価するうえでどこからどのような方法論で入っていけばよいかという点について、スキオではどのようになされているのでしょうか?

フランカ・パンテ:

 私たちも、今あなたがおっしゃったようなクラシックな、つまり視覚を利用したテストを使ってはいます。ただ重要になってくるのは観察から見えてくることですね。患者さんの動きや姿勢の特徴を観察するということです。

山田真澄:

 宮口さんの質問に重なるのですが、日本の作業療法士は実際の日常生活における行為の問題にアプローチするということから、患者さんの着替えや食事場面での半側の食べ残しの有無なども評価の項目に加えていますが、スキオではどうなのでしょうか?

フランカ・パンテ:

 イタリアでは作業療法士とか理学療法士といった区分けがはっきりしていないので日本の場合と事情が違ってくるかもしれません。イタリアの場合、日常生活の評価は看護婦が病棟で患者さんを観察しながら行います。看護婦はそういった評価表を持っていて、たとえば左に置いたコップをいつもとらないとか、食べる時はいつもこういう状況であるとか、観察したことを記入するんです。それから着衣については患者さんには原則として一人ではさせません。というのは、あまり早くからそういった日常生活の動きを強制してしまうと、かえってそれが代償を起こしてしまうのではないかと考えているので、ある程度回復するまでは衣服の着脱は看護婦や身内の人に手伝ってもらうようにしています。

宮口英樹:

 それは患者さんが病気になる前にもっていた運動のスキーマが、逆に訓練の邪魔をするということでしょうか?

フランカ・パンテ:

 そうです。原始的スキーマが出てこないようにするためです。損傷のために衣服の着脱や食事そのものが患者さんたちにとって非常に大きな努力を要する仕事になってしまいますので、原始的スキーマやその他の代償的な要因が出てきます。それをできる限り抑えたいということです。

宮口英樹

 そういった考え方は日本の作業療法士にとってある種の驚きと言えるのです。認知運動療法の概念を聞いた時の日本のおおかたのセラピストの反応は、こうした考え方に基づいて訓練を行った結果、出てきた効果がはたして汎化するのかということだと思います。はたして訓練の効果を日常生活に活かすことができるのか、訓練によって日常生活が実際にはどのように変わり得るのかということです。

フランカ・パンテ:

 まず残念ながらイタリアでもそういった疑問をもっている人はまだまだたくさんいます。また認知運動療法を行って効果が出るのは若年層で、しかも知的レベル、文化レベルの高い人たちだけだと考えている人たちも多いのです。でもそういった人たちも、スキオ病院ではこの療法が重い障害を受けているすべての人に実施されているのを実際に見て、その効果にびっくりされます。作業療法士の仕事というのは患者さんが具体的に日常生活をうまく送っていけるように援助することであると伺いましたが、認知運動療法の目的とするところも、患者さんが自分と外部との関係をより正しい形で構築できるようにすること、そしてそれを日常生活の中でできるようにしていくことであって、同じなのです。よく誤解されるところなのですが、人間が外界との関連づけをするということは抽象的なことではないのです。認知運動療法のことを非常に簡単に言ってしまうと、「患者さんが自分の身体を再組織化することを通して外界との関係を再構築していく、そのためのルールを教えてあげる」ということです。たとえば足の再教育を考えてみますと、私たちが患者さんに教えたいことは、アダプタビリティ、つまり適応性と、バリアビリティ、つまり可変性、そしてフラグメンタル、つまり細分化できるということ、この三点なんです。足が触る地面というのはいつも同カじゃありません。それに対して患者さんの足の使い方がアダプタブルでありバリアブルであり、かつフラグメンタルであるというルールを教えてあげれば、日常のさまざまな場面の中で足をなるべく正しい形で使うことができるようになるのです。ですから私たちは直接、患者さんに対してベッドにはこういうふうに上がるんですよとか、洋服はこういうふうに着るんですよといった細かい点は教育しません。それは患者さん自身が私たちの教えたルールを使って自分の家での生活に合わせてやっていくことであって、私たちの教えられることはあくまでそのためのルールであるということです。たとえば私たちは、患者さんと一緒に食卓について「ほらほら左のお皿に食べ物が残っていますよ、左も食べなければ」とは言いません。体性感覚を使って自分の左半分を意識していくという訓練をやっていくと、患者さんはそういうことを言わなくてもお皿の上の食べ物を全部食べるようになります。別のたとえで言えば、髄膜炎とか頭痛といったものに対してその患部に実際に行ってそこを治すのではなくてアスピリンといった薬を飲んで治しますね。そういうふうに症状を治すというふうに考えてもらっていいと思うんです。私たちが今対象としている患者さんというのは、その人の空間秩序が乱れてしまっている人たちであり、彼らが自分の身体空間を再構成していくことを助けることが私たちの目的となるのです。

山田真澄:

 症状が重度な人の場合、同じような方法でアプローチしていくのは現状として困難もあると思うんですが。

フランカ・パンテ:

 より症状の重い、あるいは症状の複雑な患者さんにはどのような方法論を使ってもやはりリハビリテーションは難しいとは思います。しかしそういった重度の障害をもっている患者さんこそ、注意の使い方とか自分の身体を感じることがより重要な意味をもってくる人たちだと思いますし、それを治療の目的に据えたアプローチの重要性を信じて、私たちも毎日取り組んでいるわけです。しかし残念ながら、認知運動療法はイタリアにおいてもまだ主流ではありません。こうした考え方の普及を阻んでいるものとして、治療期間が長い、コストがかかるといった理由に加えて、この療法は患者さんが理解するには難しすぎるという偏見があります。しかし実際にはこの療法の方法論自体が難しいわけではなく、むしろこの方法論をきちんと理解し、そのための背景になる知識を学習しながら臨床を進めていかなければならないセラピストの仕事の方が大変なのです。ですからそんなことをしなくてもできる簡単な方法論に流れていくセラピストも多いのではないでしょうか。

山田・宮口

 日本に来られて早々のインタビューにお答えいただいて本当にありがとうございました。

(通訳/小池美納)

フランカ・パンテ:(イタリア第6州立スキオ病院/リハビリテーション・セラピスト)
山田真澄: (川崎リハビリテーション学院/作業療法士)
宮口英樹:(広島県立保健福祉短期大学/作業療法士)

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