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Ecco!No.5 私たちの研究が人間の「意識」に到達したとき、ロマンティック・サイエンスこそ本当の科学の方法だと思えてきた

編集:認知運動療法研究会
製作:協同医書出版社編集部
(2004年3月29日)

宮本省三:

 今年の2月にイタリアのサントルソで行われましたマスター・コースに引き続き,今回のアドバンス・コースも大成功に終わりました.講義のための皆さんの準備も大変だったと思います.ありがとうございました.

フランカ・パンテ:

 皆さんをサントルソにお迎えすることができたことは私たちにとってもうれしい経験でした.なによりもうれしかったことは,単に何かの情報を聞きに研修に来ているというよりも,私たちの間で質問や意見のやりとりができるような段階になってきたことがわかったことです.私たちはこのリハビリテーションの世界でけっして孤立した存在ではない,自分たちが選んだ道を同じように歩いていくことを決めた人々がいるということがわかったことは何よりもうれしいことでした.

宮本省三:

 今日,特にお聞きしたいことは2つあります.一つはパンテ先生が書かれた学位論文『脳の中の訓練室』についてで,これは素晴らしい表現だと思いました.この論文が書かれた背景についてお聞きしたいと思います.そしてもうひとつは,最近のペルフェッティ先生の活動の中で雑誌『Relazioni Intenzionali』の創刊や,患者さんの詩とかセラピストが登場する演劇といったようなリハビリテーションの文化的な側面についての表現活動が増えてきたことについての背景についてお聞きしたいと思います.

フランカ・パンテ:

 まず論文『脳の中の訓練室(La Palestra nel Cervello)』についてですが,特にこの論文を書くために打ち込んだというよりは,当時私が勉強をしていた事柄を臨床の合間にまとめた結果できあがったもので,こうしてまとめることには学位をとるという目的もあったのです.ただ,おっしゃるようにそのタイトルは大学のような特殊なアカデミーの世界では当然のように出てくる筋であるとか電気刺激,あるいはマニピュレーションであるといったものではなく,どうしても「脳」という言葉と私たち臨床家の仕事とを組み合わせ,ある種,挑発を狙ったものではあります.

宮本省三:

 未来のリハビリテーションの姿がイメージできるような言葉ですね.

フランカ・パンテ:

 そんなインパクトを狙った言葉なのです.論文の内容は,運動イメージに関する神経生理学的な文献を引用することで治療における運動イメージの可能性を検証していきました.リハビリテーションにおいて運動イメージに着目していくことがどのように有効な手段を生んでいくか,それを私たちがすでに得てきた成果を紹介しながら論じたものです.臨床家は患者さんに対してどのようにイメージを想起させるのか,あるいは患者さんのイメージをどのように解釈していくのかといった具体的な方法論も示しました.この論文にまとめられているように,私たちの研究はまず「運動イメージ」から始まったわけですが,そうすることによってまるでいくつもの鎖が次々と新しい鎖につながっていくように,それでは「意識」とは何か,「認知」とは何か,そして「意図あるいは志向性(intenzione)」とは何か,そして最近では「情報(informazione)」というものが研究テーマに含まれてくるようになりました.「情報」の概念というのはつまり,私たちは自分の身体を変化させて情報を得,その情報によってまた身体を変化させて情報を得ていくということ,そのようにして変化させ,変化させられていくことによって世界を変えていくということで,今,私たちが研究で一番興味をもっているのがこの「情報」ということです.これを臨床的な観点からとらえると,物理的な差異というものがどのようにして患者さんの意識レベルの認知的な差異を生んでいくのかということになります.

宮本省三:

 具体的には訓練室でどのようなことをやっているのでしょうか.

フランカ・パンテ:

 引き続き運動イメージを使っていますし,意識とは何かということを考えていますし,患者さんの記述を引きだすことで彼らの意識経験を探ろうとしていることに変わりはありませんが,患者さんの記述をどうやって神経生理学的な知見と結びつけていくかということには,以前にもまして積極的に取り組むようになってきました.また最近ではもうひとつ,今サントルソに研修に来ている若いセラピストと患者さんとで一緒にやっているのが「志向性あるいは意図」ということです.意図の解読,意図の可変性といったことをいかにして訓練の中に取り入れていくかということをやっています.患者さんがどういった反応をするか,どういった言葉を記述するか,そしてそこに意図が入ることによって神経生理学的にはどのようなことが起こっているのか,これが私たちの取り組んでいる問題です.

宮本省三:

 神経生理学では運動イメージとか小脳の認知機能に関する知見がどんどん増えてきています.そのように膨大な知見を実際の訓練で応用していくことは容易なことではありません.それに加えて「意図」,そしてヴァレラのいう「現象学」,あるいは心理学における「心の理論」といった神経生理学,哲学,心理学,そして臨床現場といったものが融合した研究領域が生まれてきているようです.

フランカ・パンテ:

 私たちの運動訓練は,それを通じて自分たちの仮説を検証していく手段でもあります.おっしゃるようないろいろな知見から治療を考案していくことをやってきて,実際に臨床の中からいろいろと新しい視点が生みだされつつあり,これからも詰めていかなければならないことがたくさんあります.運動イメージをつかうと訓練効果を得るまでが非常に早いし,患者さんがイメージを使えるようになることによって治療としても一段,質が高まるわけです.それに加えて「意識」を使うことによってさらに一段,治療のレベルを上げることができると私たちは思っています.つまり,「意識を探る」ということを私たちは患者の記述を探るという方法でやってるわけです.患者さんの言葉を探り,その症状を的確に判断し,それに対して的確な訓練を使ってまたイメージを想起させる.それによってまた訓練の質が上がる.そのきっかけになるのが患者さんの「意図(志向性)」ではないかというのが今の私たちの研究テーマです.特にこの「意図(志向性)」が効果的なのは右半球に損傷を負った患者さんの場合です.これまでもっとも対応しにくいと言われていた状態ですが,そうした患者さんにとってこの「意図(志向性)」というのが最後のミッシングリンク(失われた環)のように思えます.自分が意識できない,無視している身体と意識とをつなげるそのリンクがどうも「意図(志向性)」であるような気がしています.

沖田一彦:

 患者さんの記述ということで先日,日本の若いセラピストが小児領域で何とか認知運動療法を展開したいと言っていました.そこで一致した意見は,運動機能の回復と言語機能とはきわめて密接な関係があるのではないかということです.そこで思わざるをえなかったことは,これまで私たちはイメージとか言語とか意識といったものをそれぞれ別個に分けて考えて,ひとつひとつについて勉強をしてきたわけですが,これからはもうこのような方法では一歩も先に進めないのではないかということです.

フランカ・パンテ:

 おっしゃるとおりです.言語と運動機能回復との関連性というのは,私たちも患者さんについてミーティングする時に,「今の運動機能レベルはこうだけれども言語機能はどうなのか」といったような話をします.たとえば,空間認知に問題のある人は,言語の場合,たとえばイタリア語の場合ですと空間を示す副詞が使えなかったりとか,上とか下,前とか後ろとか横といった言葉がうまく使えなかったり,文意を関連づける関係代名詞がうまく使えなかったりするのです.

宮本省三:

 言語というのは,精神と深い関わりがあるというより精神そのものなのですから,身体も同様に精神として表象(representation)されているとすれば当然,この2つに関わりがないはずがないと言えるでしょうね.問題はそれが目に見えるか見えないかということで,メルロ-ポンティが言うように「見える身体,見えない身体」という両義性があるのだと思います.

フランカ・パンテ:

 サントルソになかなか重篤で伸張反射が抑えられない患者さんがいます.その方は訓練をしていてもすぐに集中が途切れて伸張反射が出てくる方で,そういう人に対してその時に必要とされる表象がどんどん変わるように,たとえばタブレットを使った訓練で同じ「T」の字を使った認識訓練をする場合でも,今度は方向,今度は長さ,今度は何々といったように必要とされる表象を変えていったり,あるいは肩とか肘といった身体部位を変えていくといった工夫をしていくと,患者さん自身はそのほうが疲れると言いますが,結果としてはむしろいいものが出てきます.つまり運動としてはそれほど見た目には変わらないことを続けていくわけですが,どのように表象が変わるか,その物体とどのような志向性(意図)のある関係をつくっていくかということで,その関係性を変えるということで脳の中の機構を変えていくということです.

宮本省三:

 情報というものが,ある種,そのものからの情報ではなくて,その物体がそれとは別のものとの間にもっている差異性が情報である,ということでしょうか.

フランカ・パンテ:

 そうですね.いろいろな表象があるということはひとつのテーマ,ひとつの議論に対してもさまざまな表象があるということです.言い換えればひとつのものに対していろいろな視点があるということです.だからさきほどもお話に出ましたが,ひとつのテーマについても神経生理学があり,哲学があり,心理学があり,文学があり,リハビリテーションの臨床があり,それをものごとのもつ可変性(variability)であると考えれば,そうした可変性があるがゆえに人間は豊かになってきたのであるし,それが人間の特徴であろうと思うのです.

宮本省三:

 最初に今日の質問を2つ述べました.その2つめに関わることと思いますが,ペルフェッティ先生は最近,雑誌を創刊されたり,演劇であるとか,患者さんの詩であるとか,そうしたリハビリテーションの文化に関わる表現活動を積極的にされているように思います.

フランカ・パンテ:

 演劇や文学については,私たちもちょっと楽しんでいるわけです(笑).まず,ペルフェッティ先生は元来,科学や文化について非常にカバー領域が広い方なのです.非常に興味の範囲が広いということです.たとえばイメージや意識について興味をもって研究しようとすると,神経生理学だけではなく,演劇や文学や映画といったものの中でそうしたものはこんなふうに言われているとか,あるいは患者さんの言葉の中に詩を見つけたりというようなぐあいですね.ひとつのテーマ,ひとつの議論の中にさまざまな表象があるということは人間の特徴としてごく自然なものですが,ペルフェッティ先生はとりわけそうした能力にすぐれたものをもっています.私たちは科学雑誌『認知リハビリテーション(Riabilitazione Cognitiva)』を出していますが,それとは別個に,もっと自由度の高く,また科学的議論に留まらないものを表現するためにさきほどおっしゃった雑誌『関係づけられた意図(Relazioni Intenzionali)』をつくっています.これは今,まさに私たちが話していることを表現しようとしているものです.

沖田一彦:

 それは今年の2月にサントルソで行われたマスター・コースの際に教材として提示されたルリヤの「ロマンティック・サイエンス」と通じるものですね.

フランカ・パンテ:

 そうなのです.ルリヤは数量化ではなく記述する科学,つまり「ロマンティック・サイエンス」ということを提示しました.彼の著作の中には,患者さんと自分との体験の中から抽出されたことをもとに書かれた非常にすぐれたものもあります.あのような形で教材を提示したのは,それが私たちの心からくる思いであり,それには意識についての研究を進めていくうえで数量化という考え方と方法がいかに馬鹿げているかがわかってきたという背景もあります.そんな意味であの文献を提示したのは私たちの抵抗の意思表示でもあります.文章にすればその意味もわかるし,相対的な意味もわかります.逆にそうした意味を数字にしろと言われても無理ですね.人間を機械に置き換えることはできないことと同様,科学もそれを数字だけに置き換えることはできません.ロマンティック・サイエンスは,数量化する科学と比べて,ひょっとしたら本当の科学と言えるものではないかと思います.

宮本省三:

 これからも引き続き交流を続けながら,少しでもリハビリテーションの世界が進歩していくよう努力していくことをお約束いたします.どうもありがとうございました.

(2004年3月 第4回日本認知運動療法研究会アドバンス・コースにて/通訳・小池美納)

フランカ・パンテ(イタリア第6州立スキオ病院/リハビリテーション・セラピスト)
宮本省三(高知医療学院、理学療法士)
沖田一彦(広島県立保健福祉大学)

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