認知神経リハビリテーション学会

essay

Home >  理事のエッセー目次 > エッセーNo.6

Index menu

HOME

認知神経リハビリテーション

学会について

主催事業一覧[PDF]

ベーシックコース

アドバンスコース

マスターコース

学術集会

アカデミア

セミナー

スペシャルセミナー

フォーラム

機関誌

参考図書・文献リスト

Q & A

入会・退会・変更など

Ecco!

会長からのメッセージ

理事のエッセー

リンク

各地の勉強会から

問い合わせ

会員専用図書室

理事のエッセー

←No.5へ No.7へ→

EssayNo.6  Hai capito?

高橋昭彦(理事)

 日本語同様、イタリア語でも文末の語尾を上げて発音すると疑問文となる。イタリア人から何かを説明してもらうと、最後になって「Hai capito?」と語尾を上げて聞かれる。日本語では「わかった?」と念押しされているような印象を受ける言葉である。あまりにも頻繁に言われるので、もしかすると一種のイタリア人の口癖のようなものなのかもしれない。会話中にわからない単語が出てきたり、文法的に難解で、内容がよく理解できていない時に「si, si,」(ハイ、ハイ)と生返事を繰り返していると、最後に「Hai capito?」と目を見て言われ、「Scusa, non ho capito」(すみません。よくわかりませんでした)と答える羽目になる。そう答えると、大抵のイタリア人は、身振り手振りを交えてもう一度ゆっくり説明してくれる。

 日本で生活していると曖昧な態度が許される状況が大生にして存在する。このようなファジーな側面は良くも悪くも日本人的な個性の表れとも言われている。推測ではあるが、イタリア人は決して「つまらないものですが・・・」と言いながら贈り物をしたりはしない。イタリア語には日本人が日常的によく使う「おつかれさま」や「ご苦労さま」に該当する言葉はない。状況に応じて「Grazie(ありがとう)」か「Buonasera(さようなら)」などの感謝の言葉、別れの挨拶を使い分ける。彼らの発する言葉は実にハッキリしている。イタリアに研修にくるこれまでの人生をずっと日本で過ごしてきた私にしてみれば、悪く言えば“曖昧”ともとられる日本人的なファジーさは、一方では日本人らしい奥ゆかしさに由来するものとも感じられ、決して嫌いではない。概して多くのイタリア人は多くの日本人より、表現(思考)が明確である。「・・・したほうが良いように思うんだけど」と言ったような曖昧さを伴う表現はイタリアでは圧倒的に少ない。 

 このような違いは認知運動療法の実践の現場でも如実に現れている。例えばボーゲンを使った手関節位置覚の識別に、例えば傾斜台を使った健側患側の比較に、股関節・膝関節・足関節などの各関節の空間的な相対的位置の識別を求める際に、このイタリア人の明確さが随所に見受けられる。もちろん物差しで測るほどの正確性を求めているというわけではないが、彼らはかなり厳密にセラピストの求めている解答かどうかを判断し、それによって次の課題への展開を決定している。先日こんなことがあった。3種類の素材の異なるカーペットの上を他動運動によって足底面で滑らせ、健側足底から生成された感覚イメージと、患側足底での感覚とを照合する課題である。患者はこの課題によく習熟しており、豊かな表現力で自身の感じを説明していた。「これは柔らかい素材だね。足に触れた感じが心地よく感じるし、前に行く時(膝が伸展する時)に右側(健側)で触れた時の感じと同じだった。」と答えた。このように明確かつ豊かに表現されると、私が彼の担当セラピストならば、3種類のカーペットの識別は彼にとっては簡単なのだから、次は爪先方向と踵方向で前後に違う素材のカーペットを配置してバリエーションを複雑にしてみようかなぁ・・・とか、5種類のカーペットを使って選択肢を増やしてみようかなぁ・・・とか、難易度を上げることを即座に考えたと思う。しかし彼を担当しているセラピストは、「前に行く時(膝が伸展する時)と後ろに行く時(膝が屈曲する時)で足の裏の感じ方が違うの?後ろに行く時も柔らかいカーペット上を滑らせた時の右側のイメージと同じだった?ハッキリ同じと言える?」と尋ねた。患者は「前に行く時と戻る時では少し違う」と答えた。セラピストは再度、健側下肢で滑らせてその感覚からイメージをつくり、患側下肢で滑らせ、両者の比較を繰り返し行った。それから数日経った現在でも、カーペットの素材は3種類のままこの課題は続けられている。

 また、別の患者であるが、重度の失行症を伴い筋緊張が著明に亢進した右片麻痺の治療を見学していた時のことである。当初、患者の上肢は典型的な屈曲パターンを呈していた。患者は自分の患側上肢のどこに注意を向けて良いのかがわからない状態であった。セラピストは先ず、最も単純な課題である2次元の視覚情報と2次元の視覚情報のマッチングから治療を開始し、徐々に複雑な認知機能を要する課題へと進めていった。約1時間半の治療が終了する頃には、過度な肩甲骨のリトラクション、肘関節の屈曲、手関節の掌屈、手指の屈曲も改善され、治療前の状態と比較すると上肢全体がリラックスした状態となった。しかし、車いすに移るために患者が立ち上がろうとした瞬間に、再び屈曲パターンを呈する上肢となった。担当セラピストは「今まで1時間以上かけて、ようやく手が柔らかくなったのに、今の一瞬で今日の治療が台無しになってしまった。」と言った。彼は今日患者に教えたいことを明確に持っていた。

 Villa Miariではセラピストの担当する入院患者は1人か2人である。入院患者は午前、午後に各1時間半から2時間程度、内容の濃い個別の治療を受けている。入院期間は患者により異なるが、少なくとも日本のリハ専門病院よりは長い場合が多く、日本の臨床現場に比べるとスローペースで治療を進めて行くことの出来る物理的環境は整っていると言える。このような環境だから、そこで行われる治療が厳密で曖昧さがないのかと問われれば、そうではないと思う。

 認知運動療法では、周知のように損傷後の回復を病的状態からの学習課程と捉えている。従ってセラピストは治療者であり、同時に患者にとっての教師でもある。他者に物事を教える時には、教える側の伝えたいものを学習者に明確に伝えなければならない。それが“曖昧”に伝わったのでは、本来、教える側の伝えたかったものとは結果的に異なってしまう場合もある。何よりも教師側に伝えたいもの(教えたいもの)が明確にあることが前提だが・・・。Villa Miariのセラピストはかなり明確に “今日、患者に教えたいもの”を持っているような印象を受ける。例えばボーゲンを使って手関節底背屈位置の識別を求める課題で、実際には3番の位置であるのに、患者がそれを「4番」と誤答したとする。「違う。今は3番ですよ」などと安易に口頭でその間違いを指摘したりはしない。「あなたが答えた4番はこの位置で、さっきはこの位置。この2つの位置の感じ方は同じ?」といったように治療が展開される。必ず正答と誤答の、位置なり素材なり、その両者を再度実施して比較を求める。この課題では“適切な”情報に基づいて、手関節位置の違いを異なる情報として認知できるよう患者に教えることが目的であり、その目的を達成するための介入が実践されている。彼らは患者の判断の基となった情報が“適切”なものであったのかどうかを把握するために、患者がどのように注意を使ったのか?どのようにイメージしたのか?どのような言語を使ったのか?どのように認識したのか?どのように学習していくことができるのか?という視点から評価を厳密に行ない、日々のカルテに記載している。常にこのような視点から患者を捉え治療を組み立てていることが原点となって、Villa Miariの厳密で明確な治療が生み出されているのであろう。当然、Villa Miariでも毎日スムーズに治療が進んで行くわけではない。時には教師側が持っている伝えたいことが、患者に伝わらない場合もある。そんな日の夕方の訓練室では、セラピスト同士がボーゲンやカーペット、スポンジを使って、お互いの意識経験を確認し合いながら、どう教えて行ったらいいのかを模索している。ここまで厳密に治療を進められると患者の方も治療に対して真剣そのものとなる。

 さて日本の教師たち(セラピストたち)はどうだろうか?今日、患者に教えたいことを明確に持って日々の治療に向かっているのだろうか。治療が終わった時に、今日一日の治療の意味を患者と語り合うことが出来るのだろうか?日頃はファジーな側面を持って生活している私たち日本人も、教師としてのセラピストという立場にある時には、患者に何を教えたいのかということまでファジーであってはならない。認知運動療法に取り組んでいるセラピストであれば、健側と患側の比較を求める際に、健側を動かす時と患側を動かす時とでは、“だいたい同じような”ではなく、全く同じ把持の仕方、動かし方をしなければならないことは知っている。しかし、果たして健側にも患側と同様の設定を行った上で、健側や患側に頻繁な移動を繰り返しながら治療を進めているだろうか?業務の煩雑さを理由に、患者の身体や脳の中で起こっている僅かな変化を見逃してしまっては、表面的な認知運動療法で終わってしまう危険性を伴う。

 連日のように「Hai capito?」と語尾を上げて問われながら、ある日のVilla Miariでそんなことを感じた。

高知医療学院 高橋昭彦
(現在、イタリアのサントルソにある認知神経リハビリテーションセンターVilla Miariで研修中)

←No.5へ No.7へ→

▲ ページ上部へ

pagetop