認知神経リハビリテーション学会

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メッセージNo.6  「メルロ=ポンティの身体論」

 認知運動療法の深層には、フランスの哲学者メルロ=ポンティの身体論が流れている。「身体こそがあらゆる意味生成の根源である」とする彼の哲学は難解だが、ここでは著書「行動の構造(1942)」から、「学習」についての記述を紹介しておこう。

 「厳密に言えば、<学習>は刺激と運動との間にある一定の接続が古い動作につけ加わることではなくて、内容はさまざまであるが<意味>の一定している多数の行為のうちに現れる<行動の一般的変容>であると思われる。というのは、条件づけがなしうるのは、有益な反応を最初に生じた時のままに固定することに限られるはずである。しかしそのようなことは、実際には観察されるものではない。ヒモに跳びかかればエサが得られるように訓練されたネコは、成功した最初の試行では、ヒモを脚で引くであろうが、二回目のときは歯で引くであろう。学習とは、それゆえ、同じ動作の<反復>が可能になることでは決してなく、さまざまな手段によって、<適応した反応>を状況に差しだすことである。また、反応は個別的状況に対して習得されるのでもない。むしろ、同じ形式の一連の諸問題を解決すべき新しい<傾性>が重要なのである。幼児の場合、色についての弁別行動の習得は、暖慢で困難なことが知られている。幼児が緑と赤を区別し、正しく名指すようになったとき、彼が習得したのは実をいえば、この二つの性質そのものの識別ではなく、一般に色というものを比較し区別する能力なのである。すなわち、色はすべて,緑と赤に関係づけられて<対>をなすように区別され、そして弁別行動の進歩は、一色一色ではなく、全体的に次第に区別が細分化されてくるという形でなしどげられるのである」

 この記述から、認知運動療法における図形の識別訓練の意味を考えてほしい。あるいは運動学習における学習の転移の意味を解釈してほしい。

2000.7.13

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