認知神経リハビリテーション学会

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メッセージNo.10  「アヴェロンの野生児」

 1799年、ナポレオンが独裁政権を樹立した年の7月、南フランスのアヴェロンの山中で、12歳位の野生児が捕らえられた。この子どもはパリに連れてこられ、医師で聾唖学校の教師でもあったイタール(J.M.G Itard)の教育を受ける。子どもはヴィクトールと名づけられた。数年後、イタールは「野生人の教育について、あるいは、アヴェロンの野生児の身体的・精神的な初期発達について」という報告書を政府に提出している。その内容は「アヴェロンの野生児(福村出版)」で全文を読むことができる。そこにはさまざまな観察が記述されているが、中でも興味深いのは「手の発達」についてである。以下に引用しよう。

 「触覚が知的器官だというのは、もっともなことである。それがアヴェロンの野生児の場合、どれほど不完全であるかを知ることは容易である。彼は、物体のさまざまな形を判断するために、その器官を使用したり、物体にもっとよく触れるために、物体のまわりに手指を上手にあてたりするにはほど遠い状態にある。彼は、食べ物を手でつかむ時も、そのやり方がとてもぎこちない。彼の手指は、触覚の器官としての効力のないままにとどまっている。そのため、彼はこの器官を、視覚の誤りを訂正するのに使おうといった気もさっぱりない。なぜなら、彼は、平面に描かれた物体と、突き出ていたり浮き彫りになった物体とを区別できないように思われるからであり、手を物体の方へ伸ばしてつかもうとしながら目を他のところへそらせたり、なんらかの直接的な意図もなく、目をあちこちにさまよわせるからである。したがって、彼の中に、視覚の存在と触覚のそれとの間の一種の不調和をみることができる。」

 「壷の中に栗とどんぐりをいくつか入れ、どちらかの実をヴィクトールに見せ、同じものを壷の底から一つ取り出すよう要求したところ、栗の代りにどんぐりを出したり、どんぐりの代りに栗を出したりしました。そこでこの触覚器官も他の器官と同じ順序で機能訓練する必要が認められました。そのため私は、石と栗、硬貨と鍵といった、形も大きさも非常にまちまちな物体について比較訓練をさせました。触知でこうした物体を区別させるのは、かなり骨が折れました。これらのものが混同されないようになると、リンゴ、クルミ、小石といった、あまり違いの大きくない物体と取り替え、次に栗とどんぐりについて手でこうした吟味をさせました。この比較は、ヴィクトールにとってもう遊びごとに他ならなくなりました。同じようにして、BとR、IとJ、CとGといった、形がとても似ている金属製の文字を比較させることができるようになりました。」

 「この種の訓練に大した効果を期待していなかったのですが、それでも注意力を増す上ではかなりの力がありました。触覚で調べるようにと出された物体の形の差異を決めなければならなくなった時、あれほど真剣で落ち着き、考え込んだ様子をしているのを見たことがありません。その様子は、彼の表情全体にゆきわたっていました・・・・・。

 これは200年前の記述である。Roodが訓練における感覚入力の重要性を指摘したのが1950年代、Gibsonがアクティブ・タッチ(能動的触覚)の論文を書いたのが1962年、認知運動療法も1970年前半に手を触覚器官と捉えることから出発している。近年では「Hand therapy」でも一般化している。しかし、現在でも、体幹や足もまた触覚器官であるという認知運動療法の考え方は定着していない。

 この訳本には旧版と新版があり、古本屋でそれぞれ100円で売られていた。また、この物語は、フランソワ・トリュフォーによって映画化されている。

2001.2.2

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