認知神経リハビリテーション学会

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メッセージNo.22  「運動学習について思うこと」を読んで

 セラピストの仕事は患者さんに動作や行為を教えることである。これを専門用語で「運動学習(motor learning)」という。

 では、動作や行為を学習するためにはどれくらい練習すればいいのか。この根拠について現在の世界のリハビリテーション医はKottkeの「The training of coordination. Arch Phys Med Rehabili 59:567‐572.1978」の影響を強く過剰に受けているということを塚本芳久先生(川崎医大)が論文をコピーして教えてくれた。

 Kottkeは協調動作を習熟するために必要な練習回数を記している。葉巻をうまく巻けるようになるまで300万本、編物には150万針、バイオリンを弾くには250万小節、歩行には300万歩、行進には6週間で80万歩、フットボールのパスには140万パス、バスケットボールは100万シュート、野球のピッチャーになるには160万投が必要だという。

 要するに、運動学習には膨大な練習回数が必要だということが強調されている。その通りなのだろう。だから、リハビリテーションでも毎日頑張って練習しなさいということになる。ところが、患者さんは短い入院期間中にリハビリテーションを受けて、こんなに練習できるのだろうか? できるはずがない。できるはずがないのに、リハビリテーション医やKottkの論文をリハビリテーションの理論根拠にするのだろうか? 逆に、最初からそんなに練習できないことを知っていて、患者が機能回復をあきらめて、代償によるADLの自立を優先するプログラムを立てることを正当化しているのだろうか?

 まず、考えなければならないことは、このKottkの練習回数の記載は、例えば片麻痺患者がこれだけ練習して、麻痺肢でバイオリンが弾けたとか野球のピッチャーになったとかいうようなデータではないということである。次に考えるべきは、代償運動は数回の試行で獲得できるということである。片麻痺患者が分廻し歩行という新しい動作を習得するのに何万歩という練習回数は必要ない。運動学習は目的とする動作や行為の内容によって練習回数は大きく変動する。

 つまり、患者の運動学習の可能性を、単に練習回数で判断しようとすること、その記述に影響を受けること自体が誤っている。野球少年が毎日バットを振ってもイチローにはなれない。毎日ピアノの鍵盤をただ叩いてもショパンが弾けるようにはならない。そこで何が教えられているのかという「内容」を吟味しなければ、運動学習の謎は解けない。

 Kottkの記述は、運動学習の困難さを教えているが、どのようにして運動学習を促進するかを教えているわけではない。臨床には、セラピストの教え方によって、数回の試行で動作パターンを変える患者もいる。セラピストに不足しているのは、どのように教えるかということの理論と実践方略である。

 作業療法士の宮前珠子先生は、1988年12月の「理・作・療法,Vol22,No12,p809‐810」に、「運動学習について思うこと」という文章を書いている。そのなかでKottkの練習回数の問題について触れた後で、「それでは実際にその動作をしなければ学習できないのか」という疑問を投げ掛け、「mental practice」の可能性を強調している。PT室やOT室で練習する時間は限られているから、その時間だけの練習ではKottkeの示した学習に必要な練習回数は到底達成できない。その現実に対してメンタル・トレーニングを導入すれば、非常に有効な治療の補助手段になるのではないかと述べている。片麻痺の場合は、残された中枢神経を使って「運動エングラム(engram)」を再構築するのが運動学習であると述べている。

 この文章を今日偶然読んで勇気づけられた。そして、認知運動療法における患者の「運動イメージ」の活性化という臨床展開は、今後理学療法士や作業療法士に広く受け入れられる可能性があるのではないかと思った。既に、脳科学の基礎研究領域では、運動イメージに関する膨大な数の論文が生み出されている。セラピストが患者の運動学習に貢献しようとするのであれば、運動イメージについての知識を深め、臨床での知見を蓄積してゆく必要がある。

 患者さんに、「眼を閉じて麻痺肢を頭の中で動かせますか?」と聞いてほしい。どう答えるか。運動学習を目的とした治療はそこから始まる。セラピストは、そこを出発点とすべきであって、決してKottkeの論文を出発点とすべきではない。

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