認知神経リハビリテーション学会

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メッセージNo.24  「感覚の運動性(movement of the senses)」

 彼の姿を始めて見たのは、1980年代後半のテレビ番組だった。彼は確か白い服を着ていた。ジャンゴラインハルトの軽快なジャズギターの調べに乗って、彼の身体は時計じかけの人形のように踊っていた。次にフッションモデルの山口小夜子が着物姿で舞った。一緒に踊りつづける彼は回転するドリルのようなものを手にして後ろに回り、山口小夜子の背中にドリルを接触させた。その瞬間、火花が花火のように飛び散った。背中には鉄板が付けられていたのだと思う。山口小夜子の艶やかな着物姿の背後で真っ赤な花火が宙に舞った。

 それは一人の天才ダンサーの才能の発露を象徴していた。彼の世界、劇的で感情的で無機質で動的な世界。彼だけにしか創造できない自由な舞踊の世界。僕は、その世界に触れ、凍りついた。

 1989年の夏に、富山県の利賀村の演劇祭で彼の舞台があった。新聞で知り、すぐに電話したがチケットは既に完売していた。鈴木忠志のチェーホフの「三人姉妹」のチケットは手に入れることができた。このチェーホフのラスト、あの三人姉妹が「生きて行かなければ….」と未来を奏でるラストシーンは素晴らしかった。けれど、彼の舞台を見ることができず心残りだった。しかし、偶然、帰り際に、彼が観客のいない湖畔の野外ステージで、リハーサルしているのを遠くから見た。肉眼では、それが本当に彼なのか確認できなかった。僕の脳裏に、彼の歩いている姿が、青い幻影のように残った。

 年月が過ぎ、彼の「月と水銀」と題された本を時々思い出しては読んだりしていた。彼の高知での舞台も見たし、テレビで盲目の少年と踊る「ルミナス」も見た。しかし、僕はもうすっかり中年になっていた。

 先日、2005年5月のある日、彼と東京で会った。哲学者の河本英夫先生も一緒だった。彼は身体と言語の関係性について語った。片麻痺となった79歳の母の身体についても少し語った。そして、彼は、他者に動きを教える時は、「相手の身体の中に入り込む」と言った。外部から動きを見て言葉を与えるのではなく、内部に入ってどのように動くかを言葉に変えて与えるべきだと言った。認知運動療法を真剣に学ぶ者なら、この意味のもつ重さを実感できるはずである。

 彼はあるインタビューで次のように述べている。「…body focuses on each sense at each moment, and that is the“movement of the senses”」…ダンスは肉体の運動性だけが重要なのではなくて、人間のあらゆる知覚・感覚が総動員されるものです。けれども、各感覚がいつも同じバランスで同等に重要性があるのではありません。瞬間瞬間、それぞれの感覚にフォーカスが合っていくのであって、それは身体がもっている「感覚の運動性」と言うことができると思います。それは休みがない、完全に停止することはないのです。この「感覚の運動性」をどれだけ繊細に感じていられるか、というのが日常の訓練になります。その訓練から、具体的に目に見える肉体の動き=ダンスが創られます。当然、そこには目に見えない形も在るということになります。逆に言うと、視覚的なものにせよ聴覚的なものにせよ、それは目や耳から入ってくるだけではないということです。感覚の次元を多様化あるいは倍化していく。互いの感覚がいかに浸透し合い働き合っているかということを感じたり探求して行くことは面白いですね。それこそが、身体が自分の周りと関わろうとしている、ということなのです。自分たちの感覚はいつも動いているわけで、僕はそぁw)?、いう意味で「動き」という言葉を使っています。それは点から点への動き(移動)ではなくて、「溶けていく」感じです。そうした動きに対して感覚を開いていないと、何かを再現する=再生するだけになってしまう。それは避けたいのです。

 ここから、身体を使って意味を与えること、身体の細分化、運動発達と学習、内部観察、行為の創発、脳の可塑性、患者の身体の動き、認知運動療法の理論と実際など、さまざまなことを考えていくことができる。「どのようにして患者の機能回復に取り組むべきなのか」という問いかけに対する、明確な解答のひとつがここにはある。「身体の声を聴け」という言葉の背後には「感覚の運動性」が隠されている。リハビリテーション専門家は、見えるものではなく、見えないものを見ていく必要がある。そして、いつの時代でも、芸術は常に科学に先行していることを忘れてはならない。

 彼は最新作「風花」を、6月にフランスのモンペリエで公演した後、7月の高知での日本認知運動療法研究会学術集会(身体の声を聞け:新しいリハビリテーション文化の始動)に参加し、セラピストに「感覚の運動性」について語りかけるだろう。恐らく、彼のダンスは映像で見ることができるだろう。実際の舞台公演は不可能だが、セラピストに「心は本来、身体化されている」ことを教えてくれるだろう。

 勅使川原三郎&KARASが認知神経リハビリテーション(認知運動療法)の学会にやってくる。そこから新しいリハビリテーション文化の始動を感じ取ってほしい。そんな時代が到来したということである。

(勅使川原三郎&KARASに関する詳細な情報はインターネットで検索のこと)

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