認知神経リハビリテーション学会

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メッセージNo.40  「深夜に、古典を読み、溜息をつく」

 時々、深夜に、古典を読む。古典といっても文学ではなく医学の古典である。ところが、リハビリテーション医学の本には古典と呼べるものが少ない。ラスクの「リハビリテーション医学」、リヒトの「運動療法」、ハルシュバーグの「リハビリテーション医学の実際」などは既に古典であるが、すべて20世紀中頃の本であり、リハビリテーション医学の新しさのためか、あるいは進歩の遅さのためか、今読んでも古いという実感はあまり湧かない。ブルンストロームの「片麻痺の運動療法」やボバースの「成人片麻痺の治療」や「脳性麻痺児の反射」などを読んでも同様である。理学療法や作業療法の歩みの遅さと実際に時代が過ぎ去ってゆく時間の速さとが、余りに乖離しているのだ。まして、1930年代に書かれたダニエルの「徒手筋力検査」を使って全国の学生が今も勉強している現実を思うと、セラピストの読むべき古典の書など無いのかも知れない。

 神経疾患のリハビリテーションを専門とする僕にとっての古典の書とは、「臨床神経学の古い本」である。それも19世紀末、パリ、サルペトリエール病院の臨床神経学の本が好きだ。かつて、この病院には偉大なる神経学者たちがいた。神経学の父シャルコー、錐体路徴候のハバンスキー、進行性筋ジストロフィーのドゥシャンヌ、精神病患者を鎖から解放したピネル、そして、失語症の研究で大脳皮質の機能局在論の扉を開いたブローカもいた。
 1990年のヨーロッパ研修中には、その空気に触れたくて、この病院のリハビリテーション室を訪問したことがある。広大な敷地の庭に十数ケ所の病棟が点在していて迷い、約束の時間に遅れた。それでもセラピスト(理学療法士・作業療法士)たちは、日本から来た、フランス語の話せない無名の若き旅人を、やさしく迎え入れてくれた。100年も前に働いていたシャルコーやバビンスキーのことを口にした僕を、彼らはどう感じたのだろうか。この時の訪問は、まるでレオナルド・ダ・ヴィンチの「モナリザ」の存在一枚しか知らない日本人観光客が、美術が好きだと自慢してルーブル美術館に行くのと同じ光景だったのかも知れない。けれど、僕にとっては「憧れ」の場所であった。日本のセラピストの場合、神経疾患の検査の勉強は「ベッドサイドの神経の診かた」という本で学ぶ。その中の冠名用語には「バビンスキー反射」に代表されるように多くのフランス人の名前がたくさん出てくる。そのほとんどすべてがサルペトリエール病院の臨床神経学者たちなのだから憧れても不思議はないだろう。
 サルペトリエール病院の病棟は赤茶けたレンガづくりで古く、案内されたリハビリテーション室は灰色がかった白の壁で、最新の機械器具はまったくなく質素だった。その簡素さが逆に独特の雰囲気を醸し出していた。それは古典と呼ぶにふさわしい「歴史の重み」であったように思う。だが、残念ながらリハビリテーション訓練室の治療風景は、100年前と同じように神経疾患の治療で世界の最先端を走っているとは思えなかった。

 今夜は、1955年から57年にサルペトリエール病院に留学していた著名な日本の神経科医である萬年甫先生の「神経学の潮流(1)ババンスキーとともに(東京大学出版)」を読んでいる。
 まず、シャルコーの「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の臨床症状の記述を読み、改めて感心する。最近の若いセラピストは「シャルコーの火曜日の臨床講義」のことなど知らないだろうけれど、神経疾患の治療を担当しているなら、症例検討会を火曜日にすべきだ。
 筋萎縮性側索硬化症は末梢神経と中枢神経の両方が侵されるために筋萎縮と痙性麻痺が混在する。シャルコーは、全体の筋萎縮(atrophie en masse)の他に、麻痺しかつ萎縮した腕は間もなく強かれ弱かれ変形と偏位(deformation et deviation)を来たすとして、次のように説明している。

 変形の一部は疑いもなくある筋が他の筋より侵され方が少なくて、その活動が優るためのものであります「麻痺性変形(deformation paralytiques)」。しかしこのことは大部分の筋にあてはまることではありません。偏位は原則としてある筋の痙性拘縮、すなわち多くの関節を硬くする真の拘縮によるものであります。まず上肢についてお話ししますと、普通みられる肢位はこのようなものであります(スケッチ)。
 上肢は体に沿って押し当てられ、それを離そうとすると肩の筋が抵抗します。肘はなかば屈曲し、さらに前腕は回内しています。ある程度の力を用いずに、また疼痛をきたすことなくそれを伸展、回外さすことはできません。手首についても同様で、これもしばしば屈曲し、指は手掌に向かってまるまり込んでいます。

 下肢の運動障害は急速に進行し、患者は脚が重く、地面から脚を引き離すのに困難を感じます。間もなく彼は二人の介助者に支えられなくては歩けなくなります。最後には立っていることができなくなり、ほとんど床についたままかあるいはイスにすわって日を過ごすようになります。事態がここに至りますと、興味ある現象が多かれ少なかれ明瞭に現れてくるのが普通です。これがすなわち「一過性または永続性の硬直」、換言すれば「筋肉の痙性拘縮」であって、これが随意運動をうばってしまうのです。患者はすでにしばらく以前から、ベットに寝ているかあるいは腰掛ているときに下肢がときどき自分の意に反して伸展または屈曲し、その不随意的に生じた姿勢がしばらくの間つづくのに気づいています。この発作の中で最も普通にみられるのは伸展運動であります。下肢は硬い棒のごとくなり、全体が一本として持ち上げられるほどの、テタニー様の硬さをきたすまでになることがあります。そのほかに時折下肢には痙攣振戦がみられます。
硬直は患者が二人の介助者に支えられて、立ち上がって歩こうとするときに一層強くなります。そのとき下肢は伸展、内転して、過度に硬くなり、同時に足は「内反馬足(Pied bot varus equin)」の形をとります。筋の痙性作用によって下肢の全関節をおそうこの硬直は、しばしばきわめて強いこともありますが、それほど顕著でないこともあり、普通これに併発する振戦とともに起立歩行を不可能ならしめます。
 はじめのうちは一過性のものにすぎないこの現象は間もなく変化して永続性の症状になります。かくして筋の硬直は伸筋群の方に一層強くはありますが、屈筋群にも伸筋群にも絶えず休みなく存在しています。伸展している下肢を力をもって屈曲させるのも、屈曲している下肢を伸展させるのも困難であります。通常この時期は伸展した足先を手で引きおこすと、下肢全体に振戦が長くあるいは短くつづくのが認められます。

 諸君、かくのごとく、運動障害は神経支配の低下によるよりは筋肉の痙性症状に起因するところが大きいのであります。

 シャルコーの臨床観察は的確である。上肢の観察は同じ錐体路病変である脳卒中片麻痺の「マン・ウェルニッケ拘縮」とまったく同様である。「上肢は体に沿って押し当てられ、それを離そうとすると肩の筋が抵抗します」は大胸筋の痙性を、肘屈曲は上腕二頭筋、・前腕回内は円回内筋、・手首の屈曲は手根屈筋の痙性を、「指は手掌に向かってまるまり込んでいます」は手の総握り(mass flexion)と母指屈曲内転(tham in palm)を示している。痙性麻痺の上肢は全体として屈筋優位の変形拘縮を来たす。
 また、下肢の観察も同じ錐体路病変である脊髄損傷後の対麻痺とまったく同様で、下肢の鋏状肢位(シザース肢位)や内反尖足が伸筋の痙性によって生じることが記されている。振戦と表現されているのは「クローヌス」のことだ。
 だが、最後の「運動障害の原因が筋肉の痙性症状である」とする結論はどうだろうか。確かに、変形拘縮の原因は筋肉の痙性症状である。しかし、痙性症状の原因は何だろうか。それは脊髄側索の硬化と解釈されている。これは診断としては的確であるが、なぜ痙性麻痺が生じるのかを、シャルコーは説明していない。

 この本には、当時のバビンスキーの原著「腱反射に関する連続講義(1912年)」の全訳も掲載されている。これを読めばババンスキーが臨床神経学の不滅の金字塔である錐体路徴候としての「バビンスキー反射」の発見だけでなく、「腱反射(tendon reflex)」による神経疾患の診断学を構築した偉大な学者であることがわかる。腱反射の消失は末梢神経損傷を、腱反射の亢進は中枢神経損傷を示すことは今では常識だが、その背景にはババンスキーの卓越した臨床観察があった。ここでは、彼の脳卒中片麻痺と腱反射の関係についての記述を抜粋してみよう。

  • 脳の疾患、出血、梗塞、腫瘍など、直接あるいは間接に錐体束を侵すものは運動麻痺を引き起こし、腱反射亢進をおこす。
  • 一側の腱反射亢進は反対側の脳の錐体路系の疾患によることが最も多い。
  • 最も普通にみられるのは大人の片麻痺で、錐体束が変性した場合である。
  • 麻痺側の腱反射は亢進する。
  • 反射亢進の強さは麻痺の強さと平行するのが普通である。
  • 片麻痺の場合の腱反射亢進はきわめて容易に認められる。
  • 腱反射亢進例にはクローヌスが認められる。
  • 健側と患側とをくらべてみれば腱反射亢進を見出すことができる。
  • 上腕に対する屈曲反射の左右差はきわめてはっきりしている。
  • 下肢ではPierre Marieによって記載された「対側性内転筋反射」の左右差はしばしばきわめて顕著である。これは健側の膝蓋骨を叩くと麻痺側の大腿が顕著な内転をおこすもので、大腿骨の内側上課を叩いた方がもっと有効である。これに反し患側で同じことをやっても健側には反応がなく、おこっても僅かな内転が認められるにすぎない。この反射は正常な人ではしばしば欠損する。
  • 脳卒中発作の直後には腱反射には何の変化もおこらないことがあり、しばしば低下あるいは消失し、時として亢進する。
  • おおよそのところ発作後2週目の終わりころには反射亢進が完成されると言ってよいだろう。
  • 片麻痺では腱反射の亢進がいったん完成すると、その後は大した変化がおこらない。
  • 腱反射亢進は必ずしも著名な機能障害をともなうとは限らない。
  • 腱反射亢進が高度になると拘縮をおこすのが普通である。
  • 錐体路損傷のときにみられる拘縮は腱反射の亢進と密接な関係をもっている。
  • 腱反射の亢進は拘縮が現れるための必要条件であるらしい。
  • 片麻痺では腱反射の亢進が一定の強さになったときに拘縮が現れるのが普通である。
  • 脳の疾患で腱反射の亢進が強い時には運動麻痺がかなり目立つのが普通であるが、脊髄疾患ではそうではなく、腱反射亢進がきわめて顕著であっても筋力はほぼ完全に保たれていることもありうる。
  • 腱反射の亢進を制するような治療が拘縮の治療になると考えるのは当然のなりゆきである。

 シャルコーと同様に、バビンキーの記載もまた詳細な臨床観察に基づいている。抜粋した記述を読むと、「臨床神経学」の構築過程の一端を知ることができる。だが、バビンスキーは「腱反射の亢進を制するような治療が拘縮の治療になる」としながらも、その治療としてリトル病(Little病=脳性麻痺)の脊髄「後根」を切断して感覚入力を絶つ手術を推奨したりしており、腱反射の亢進を伴う痙性麻痺の治療を探求したとは言えない。

 膝の下の大腿四頭腱をハンマーで叩くと反射的な筋収縮が生じる。この膝蓋腱反射を発見したのはドイツのウエストハルであり、それは1875年のことである。その直後、ジャンドラシックが、患者に両手を組ませて力強く両手を引き合うように指示すると、膝蓋腱反射が出現しやすくなると報告している(ジェンドラシック増強法)。つまり、腱反射検査で反射が出現しない時、患者の意識を他に向けると反射が出現しやすくなるのだ。バビンスキーは、この意味を深く考えなかったのだろうか。この「意識のあり方によって、反射は変化する」という事実は、今でも無視されている。現在の神経学者も興味を示さない。だが、片麻痺の痙性、特に伸張反射を制御しようとすれば、意識と反射の関係は無視できない。事実、子供の発達過程において、伸張反射が制御できなければ運動発達は生じない。ここには、意識によって制御できないから「反射」であると考える思考と、「反射」は意識によって制御できると考える思考との、決定的な分岐点がある。そこには「反射が意識によって制御できると反射とは呼べない」というパラドックスが潜んでいるのだ。

 認知運動療法では、片麻痺の伸張反射を制御する目的で第一段階の治療を適応する。もちろん、反射は意識、知覚、注意、記憶、判断、言語といった認知過程の活性化によって制御できるという立場だ。「伸張反射は入力を予測(予期)することによって制御できる」という立場だ。このことを知ってほしくて、ひんしゅくを省みず、僕は名古屋の認知運動療法学会で講演中に突然「ワー」と大声を出して聴衆を脅かした。一回目は驚いてビクと全身の筋が収縮したはずだが、二回目に予告して大声を出しても全身の筋は弛緩していたはずである。人間の随意運動の背後に反射のメカニズムが潜んでいることは確かだ、しかし、それは制御できる。制御できなければ片麻痺は回復しない。大脳皮質の認知過程は、脊髄レベルの反射を制御する。それが回復であり運動発達に他ならない。だから、ペルフェッティは「伸張反射」を「伸張反応」と呼んでいる。例えば、保護伸展反応(上肢のパラシュート反応)を思い出してみよう。足がつまずいて身体が倒れそうになれば反射的に上肢がのびて手を床に付く。だが、意識はその反射を状況によっては制御することができる。だからパラシュート反射ではなくパラシュート反応と呼ばれている。伸張反射も同じである。脊髄レベルの反射は制御できないと考えるのは、古典的な神経学者の幻想である。なぜ、神経学者やセラピストは、痙性麻痺に苦しむ片麻痺患者が「伸張反射を意識的に制御するにはどうすればいいか」と考えないのだろうか? 恐らく、そう考える以前に、反射は不変であるという不変な思考の元で、錐体路障害を診断するためだけの理由でハンマーを振りつづけているのだろう。

 そうして、僕は、深夜に、神経学の古典読み、溜息をつく。こんな風にしか読めないのだ。人間はどうしてこんなに診断に夢中になるのだろうか。現代の臨床でもシャルコーやババンスキーが観察して記述した所見は通用するだろう。だから、未だ痙性麻痺の解明は進まず、観察や評価も治療も何も根本的には変わっていない。片麻痺患者も、脳性麻痺児も、脊髄損傷患者も、未だ痙性麻痺のままである。サルペトリエール病院の神経学が世界中から注目された時代から、もう100年という時間が流れている。
 片麻痺の診断ばかりしていても新しいリハビリテーション治療は生まれない。セラピストは痙性と闘うべきだ。ペルフェッティは痙性を「伸張反応の異常」、「放散反応」、「原始的スキーマの出現」、「運動単位の動員異常」の4つに区分し、それに対応した認知運動療法の段階付け(第1段階―第3段階)を提言している。その仮説の価値をシャルコーやバビンスキーの孫に相当する現在の臨床神経学者たちは理解していない。きっとリハビリテーション治療に興味などないのだろう。だから、痙性麻痺に苦しむ人々は、古典的な教科書に準じたリハビリテーション治療しか受けることができない。これは僕の失礼で傲慢な見解だろうか。それとも医学の限界なのだろうか。
 そして、こうも思う。最も大切な思考は、痙性麻痺をどのように治療すべきかという仮説を構築することである。それ以外の思考は、古典の書に学べばよい。それで十分だ。

 深夜の、古典を読んだ後の、溜息には、深い憤りが込められている。

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