認知神経リハビリテーション学会

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メッセージNo.47  「バッテリー」

 プロ野球(阪神タイガース)のエースになるのが子供の頃の夢だった。小学三年生から少年野球を始めた。中学三年の夏の最後の県大会でエースとして優勝候補を相手に一本のヒットも打たせず抑えたものの、フォアボールで出塁させ、味方のエラーで1対0で敗れ去るまで、数え切れないほどボールを投げた経験がある。特に、この中学三年の夏前の練習では本当に投げた。一日で400球投げた日もあった。だから、運動イメージの想起で最も得意なのは野球のピッチャーの投球動作の視覚イメージだ。今でも脳の中で、手指でどのようにボールを握るのか、マウンドのプレートにどのように足を置くのか、さまざまな投球動作(フォーム)、そして最後のボールのリリースの瞬間まで、無数の投球動作の視覚イメージを想起することができる。

 一年程前、一人の友人が病気で突然死んだ。子どもが一人残された。葬儀が終わり、何も無かったかのように、日々は過ぎていった。

 僕が自分自身の脳の変化に気づいたのは最近のことである。運動イメージの講義をしたり論文を書く時に、よく投球動作の運動イメージを想起するのだが、それまでは自分の投球動作の視覚イメージがいつも出現していた。ところが最近、その投球動作の後にボールが投げられ、それを受けるキャッチャーの姿も必ず想起していることに気づいた。この無意識的な視覚イメージは強固で、今では投球動作のイメージとセットになっている。視覚イメージが記憶として脳に定着したと言うより、逆に忘れていた記憶が視覚イメージとして脳に定着したという感じである。

 中学三年の夏、僕が投げるボールを受けてくれていた人間がいたのだ。長い間、本当に長い間、僕の脳はそのことを忘れていた。何年も自分の投球動作の視覚イメージばかり想起していた。

 僕らはバッテリーだったのだ。

 あの頃、僕らは一緒に甲子園を夢見ていた。今、脳裏に浮かぶのは、彼のキャッチャー・ミットを手にした笑顔と、彼が好きだった井上陽水の「氷の世界」というアルバムに入っている何曲かの歌と、当時の彼の恋人の姿である。それ以降の彼の人生は、僕の脳にとって空白である。

 人間にはイメージを想起する特殊な能力がある。

 だから、悲しみや悔しさが、時間を超えて、不意にやってくることがある。

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