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メッセージNo.71 身体図式は”自動車のハンドルのようなもの”である
−深部感覚検査と運動イメージをめぐって

自らを尺度となし、その尺度に従って、我々は連続的な体位の変化を認知する
−Head & Holmes,1911.

  1. 身体図式

     「深部感覚(deep sensation)」は頭頂葉(parietal lobe)の第一次感覚野(中心後回のarea3・1・2)、第二次感覚野(弁蓋部のarea43)、頭頂葉連合野(上頭頂小葉のarea5・7)で「身体空間」として組織化されている。そして、その身体空間はヘッドとホームズ(Head & Holmes)が「身体図式(body schema)」と名づけたものに他ならない。彼らは1911 年に身体図式を次のように定義している。

     身体図式(body schema)とは“姿勢図式(postural model)”、または“体位モデル(position model)”で、視覚的、触覚的、運動覚的な空間印象が総合されたもの。

     この定義から、ヘッドとホームズが身体図式を多感覚的で、主に視覚と体性感覚によって形成される自己の身体空間についての全身姿勢の主観的な印象と解釈していたことがわかる。そして、この身体図式のアイデアは脳損傷患者の観察から生まれたことを彼らは次のように記している。

     大脳皮質疾患患者は、他者による四肢の他動運動の際に、ある運動が起こったことを認めても、その運動がどの方向に向かい、どの程度の量や大きさであったかを理解できなかった。このことからわかるように、もし現在の体位の諸感覚が、それに先立つ何物かと関係づけられないならば、身体のいかなる部位の位置をも見いだすことは不可能である。あるいは、表面の粗さを知覚するといった具合に、体位を直接知覚することは不可能である。
     すなわち、すべての場合において、四肢の新しい位置は、ある以前の体位に関係づけられているのである。そうした体位の認知は、恒常的に意識の中心野にあるのではないが、常に自らを尺度となし、その尺度に従って、我々は連続的な体位の変化を認知する。

     ここで重要なのは、身体図式が「常に自らを尺度」として、四肢の運動や姿勢の変化を認知するという点である。外部の何かではなく、自らの現在の体位の知覚を尺度として、自己の空間的な変化を内的に捉えるのであり、その際の基準モデルが身体図式だとしている。そして、この点については次のように説明している。
     この結合された基準、すべての引き続いて起こる体位の変化が意識にのぼる前にこれに準拠して測られるような、そうした基準に対し、我々は「図式」という言葉を提案する。
     我々は位置の絶え間のない変化によって、常に変化する我々自身の「体位モデル」を、いつも作り上げている。新しい体位や運動は、すべてこの可塑的な図式の上に記録され、変化した体位により引き起こされた新しい感覚群はすべて、大脳皮質の活動により、この図式と関係づけられる。現在の体位の認知は、この関係の完成に即座に引き続いて起こるのである。

     身体図式は大脳皮質に記録されている過去の基準であり、その過去の基準と現在の体位や四肢の運動との“比較”によって現在の体位の認知ができるということである。これは身体図式と姿勢変化や四肢の運動変化との関係性が「地と図」の関係であることを示唆しているように思われる。身体図式は基準となる「地」であり、姿勢変化や四肢の運動変化が「図」であることで、身体の動きという「形態(モルフォロギー)」をもった「一つのゲシュタルト(全体)」が知覚されて意識にのぼるということであろう。
     そして、ヘッドとホームズは、身体図式について次のような言葉を発している。

     身体図式とは”自動車のハンドルのようなもの”である。

     人間は“脳のなかの身体”である身体図式を操作して運動するというメタファーであろう。

  2. 運動指令

     次に、ヘッドとホームズは身体図式と運動命令との関係について次のように説明している。

     姿勢の変化によって生じる空間印象の変化を身体図式と照合し、運動命令を下す。

     これは姿勢の変化を感じ取るためには、その基準となる身体図式との照合が必要だとしている点で、身体図式には基準となる身体図式と基準とは異なる身体図式があると想定していることがわかる。身体図式は複数あるが、基本的な身体図式と応用的な身体図式があると考えたようだ。そして、それらの身体図式に基づいて運動命令を下すとしており、身体図式は行為の前提であって運動指令の機能を有してはいないと解釈している。ただし、身体図式が運動プログラム(運動イメージ)であるかどうかについては触れていない。

  3. 身体イメージ

     さらに、ヘッドとホームズは身体図式と身体イメージの関係について次のように説明している。

     意識下で働くのが身体図式で、それが意識化されたものが身体イメージである。

     彼らは身体図式と身体イメージを無意識的なものと意識的なものという点から区別しているのだが、これは「視覚的、触覚的、運動覚的な空間印象」という定義とは矛盾する。なぜなら、身体図式が印象であるなら「感じられる」かもしれないし、身体図式が無意識的なものであれば印象は生じないはずだからである。しかし、印象というのは実感できるかというと、必ずしもそうではない。誰かを見て何らかのその人の印象をもつ時、その印象はリアルな実感ではないからだ。
     この身体図式が意識的なものか無意識的なものかは微妙だが、おそらく彼らは「意識化されたものが身体イメージ」であることを強調するために区分したものと思われる。
    そのためヘッドとホームズ以降の研究者の多くは、通常の行為において身体図式は意識にのぼっていないと解釈した。そして、身体図式はいつも行為の背後に潜んでいると抽象的に理解した。だが、人間は行為の後に自分の姿勢を記憶しようと思えば記憶でき、それがどのような姿勢であったかを言語化できる点では、身体図式は意識できるといえるかもしれない。
     ここでは身体図式を無意識的なものとする考え方が誤っている可能性を指摘しておこう。実は、過去の身体図式がなければ現在の体位は認知できない。なぜなら、河野が指摘しているように「身体図式は意識によって想起される過去のうちに沈殿したままの“記憶”といったものではなく、むしろ、ひとつの“習慣”として、それも身体を動かす限り絶えず我々につきまとうという意味で最も基本的な習慣として、常に現在を裏で支え、現在と過去とを参照させることでそれを位置づける役割を果たすもの」だからである。
     つまり、身体図式は無意識的に形成されてゆく傾向はあるものの、意識によって捉えられる体位の変化や四肢の運動の変化は、それがどのような変化であっても過去と現在との比較参照なのであり、現在の体位の変化や四肢の運動はすべて過去に形成された身体図式と関係づけられて意識にのぼっているということである。この身体図式の意識への関わり方をヘッドとホームズは「タクシーメーターの比喩」として次のように説明している。

     丁度、タクシーメーター上では、走行距離はすでにシリングやペンスに変換されて我々に示されるのと同じであり、体位や他動運動を認知するためのテストの最終結果は、測られた体位の変化として意識にのぼるのである。

     したがって、人間が自己の体位の変化や四肢の運動を意識することは、単に現在の身体をリアルタイムで意識しているのではなく、過去と現在の“変化(差異)”を意識しているのだと解釈しなければならない。それは“比較参照”によって生成される意識であり、過去として参照する運動前の身体図式なくして身体の動きは意識化できないということである。

  4. 運動イメージ

     ここで重要なのは、身体図式と身体の動きの「比較照合」が意識化できる点である。つまり、この意識化は「深部感覚」に注意を向けて意識的に感じ取ることによって可能になる。そして、これは「運動イメージ」のことに他ならない。言い換えると、身体図式も運動イメージも実際の身体の動きも、すべて深部感覚に由来して意識化されている。

  5. 深部感覚の詳細な検査の再考

     ここで指摘しておきたいのは、「手足が、今”ここにある”ということ−深部感覚検査をめぐって,会長メッセージNo.70」」で記した「深部感覚の詳細に検査」の再考である。

    [深部感覚の詳細な検査]

    1. 関節運動の有無、始まりと終わりが認識できるか?
       →動き始めた瞬間と止まった瞬間がわかるか?
    2. 単関節運動のマッチング(模倣・比較照合)ができるか?
       →角度の差異を量的に観察(左右比較)
    3. 多関節運動のマッチング(模倣・比較照合)ができるか?
       →どの関節において差異が大きいか(左右比較)
    4. どの方向に関節が動いたか識別(方向・距離)できるか?
       →自己中心座標系(正中線、肩、肘などに対する手の動きなど)
       →環境中心座標系(部屋の窓の方向への手の動きなど)
    5. 複数の関節の空間的な関係性が理解できるか?
       →上下、前後、左右の関係が認識できるか?
       →姿勢の空間アライメントの認識ができるか?
    6. 関節運動の順序(シィークエンス)と速度が認識できるか?
       →どの順番で関節が動いたか?
       →どの程度のスピードで動いたか?
    7. 関節運動と触覚の「機能面(接触面)」変化
       →関節運動による物体への皮膚の接触面の変化が予測できるか?
    8. 関節運動に伴う筋緊張の出現を認識できるか?
       →伸張反射の出現
       →放散反応の出現
    9. 日常生活における行為との関係性(差異と類似)
       →どの行為の記憶の運動覚と類似しているか?
       →どの現実の行為の運動覚と類似しているか?
    10. 深部感覚の異常をどのように一人称言語記述するか?
       →三人称言語記述
       →一人称言語記述

     なぜ、再考する必要があるのだろうか? それは、これではまだ「不十分」かも知れないからである。確かに、この詳細な検査では「身体図式」は考慮されている。しかし、ヘッドとホームズが指摘している運動指令、身体イメージ、そして運動イメージとの関係性が十分に考慮されていないように思える。
     おそらく、その理由は、まだ深部感覚を「受動的な感覚」と捉えているからだろう、深部感覚が”自動車のハンドルのようなもの”であるなら、もっと「能動的な感覚」と捉えるべきではないだろうか。
     これをアノーキンの機能システム(求心性信号の統合、行為受納器(予測的な運動イメージ)の形成、運動実行、予測と結果の比較照合)のプロセスで考えると、「求心性信号の統合」レベルでの検査は詳細に行ったが、「行為受納器(予測的な運動イメージ)の形成」レベルでの検査にはなっていないということである。それでは、患者が深部感覚と実際の身体の動きを比較照合できないだろう。

  6. 深部感覚の詳細な検査の追加

     したがって、深部感覚の詳細な検査には追加が必要である。それは「運動イメージ」の想起を考慮した検査である。具体的には次の手順で行うとよい。

     11. 運動イメージの想起と実際の身体の動きを比較照合する

    1. 患者を閉眼させ、ある関節運動の運動イメージ(視覚・体性感覚)を想起させる
    2. それが視覚イメージであるか体性感覚イメージであるかを確認する
    3. 体性感覚イメージを想起させ、その方向、距離、形を確認する
    4. セラピストが関節を他動的に動かす(実際の身体の動き)
    5. 患者は運動イメージと実際の身体の動きを比較照合する
    6. 開眼して結果を確認する

     自らを「尺度」とする深部感覚は頭頂葉で組織化されているが(求心性情報の統合=身体図式)、その情報は前頭葉の補足運動野や運動前野(行為受納器の形成=運動イメージの想起)で運動プログラムに情報変換されて運動指令となる。この深部感覚の検査の追加によって、セラピストは患者に生じている運動プログラムの問題点を明らかにできるだろう。

  7. 認知神経リハビリテーションの訓練への応用

     また、これは認知神経リハビリテーションにおける訓練(空間問題)の実際に応用すべきである。たとえば、単に座位で足部が「どこの空間」にあるかを当てるのではなく、セラピストが足部を動かす前に、患者にある場所まで足部を動かす運動イメージ(体性感覚イメージ)を想起させ、その後に実際の足部を動かし、運動イメージと実際の足部の動きが一致しているかどうかを確認する(図)。
     患者に運動イメージの想起を求めて深部感覚の検査や訓練を実施することによって、患者が深部感覚を”自動車のハンドルのように動かす”ことができるかどうかが判明する。

図

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