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メッセージNo.84 『豚足に憑依された腕』を読み、『ちづる』を観る

 本を読み、映画を観ることで、セラピストは自己を改変してゆくことができる。ただし、どのような本を読み、何の映画を観るかは自己の選択である。これはペルフェッティの「あらゆる運動療法は選択の結果である」という言葉に似ている。

浜昼顔

 PTジャーナル(2018年2月号p147,医学書院)に『豚足に憑依された腕 −高次脳機能障害の治療(本田慎一郎著・協同医書出版社)』の書評を書いた。ルリアの「神経心理学は、脳損傷のせいで対処が難しくなったり、時には困惑するほど奇妙に見える世界で歩んで行こうと奮闘している、一人ひとりの患者についてのものだ」という言葉で始め、「きっと、その先に人間の笑顔がある」と結んだ。

 現代思想(2018年3月,増刊号 p206-209,青土社)の『総特集:現代を生きるための映像ガイド』に「ちづる −愛の知性によって、意識のすれ違った人間と共に生きる」と題した評論を書いた。「映画はリュミエール(光)である。同様に、人間の意識も世界に向かって放たれる光線のようなものだ」という言葉で始め、「現代を知ることは、そんな孤独の深淵で生きている他者を、希望や悲痛を伴うニューロンの輝きによって、自己の脳に映し出すことから始まる」と結んだ。

『豚足に憑依された腕』は高次脳機能障害の治療を記録した友人の本田慎一郎氏の本である。臨床家の魂を感じさせてくれる渾身の一冊である。なお、書評では、臨床にロボットやAIを導入しようとするクラシック・サイエンスの進歩と患者の一人称言語記述を大切にするロマンチック・サイエンス(ルリア➡サックス➡ペルフェッティ➡本田慎一郎)の系譜を比較した。一方、『ちづる』は2011年に赤崎正和監督が立教大学の卒業制作として自閉症の妹と母親の日々を撮り、自主上映で話題となって一般公開された映画である。数年前、高知医療学院に監督を招き、学生たちと一緒に観た。発達障害児の日常生活が映し出されている。今回、DVDを購入して見直した。なお、評論では、先日、「大阪の寝屋川市で、両親が、女性の統合失調症児を15歳の時から、自宅の敷地内の狭い小屋で監禁し、33歳で餓死させた」事件にも触れた。

浜昼顔

 高次脳機能障害と発達障害児(自閉症)のリハビリテーションに携わっているセラピストは、この本を読み、この映画を観て、さまざまなことを学ぶべきである。きっと、自分の知らない世界と出会える。

 本を読み、映画を観ることは、自分の知らない世界と出会うことである。自分の知らない世界と出会うことで、新しい知が始まる。

 努力して一つの世界を深く知ることも大切だが、自分の知らない世界と出会うことも大切だ。特に、セラピストは何かを知ることよりも、自分が何を知らないかに気づく必要がある。それによって新しい視点が生まれる。

 長い間、多くの本を読み、多くの映画を観て来たが、『豚足に憑依された腕』にも、『ちづる』にも、自分が知らないことが数多くあった。

 『豚足に憑依された腕』を読み、『ちづる』を観て、自分の臨床を考えることで、患者の病態や治療の理解に一歩近づける。その一歩が自分を改変する。患者の回復は自分が改変することによって生じる。

 ペルフェッティは、「身体と環境の相互作用(=訓練)によって、環境が改変されるのではなく、自己が改変されることによって、学習が生じる」と言っている。

これが「回復」の法則である。
これが「学習」の原理である。

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